思いのままの色

王様の耳はロバの耳

あの頃にお世話になった美容師さんの話

探し物をしていて…もうずいぶんと昔の話を思い出したので、今日はそのことについてお話ししようと思う。


かれこれ十年近く前のこと。
初めて長くお世話になった、とある美容師さんがいた。たしか年齢は同じだったと思う、たまたま紹介してもらって、それからずっと、彼がお店を辞められるまで通い続けた。


まだ今よりもうんと若かった当時の私は、成人したとはいえ、とにかく本当の「大人」になりたくて、では大人とは何ぞと考えた時に、「色気がなければ」と考えていた。(こんな話、恥でしかない)


それで、ある時、今日の髪をどのようにしてもらうかその彼と話していた時に、「とにかく色っぽく見えるようにしてもらいたいんです」と、恥をしのんでお願いしたことがあった。


その時に彼に言われたことが、今でも忘れられずにいる。
「お化粧やヘアスタイルの工夫はあくまでも補助的なものであって、色気というのはその人自身から発せられるものであると思う」と。


まさか本職の美容師さんがそのように仰るとは、思いがけないこととはまさにそのことで、その日の彼との関係性といえば当然ながら美容師さんとお客さんでしかないのに、その時だけはただの人と人同士になったように錯覚した。


そして、この人はいい加減なことを言ってごまかしたりしないんだな、ましてや切実な打ち明け話を茶化したりもしないんだなと、ひどく胸を打たれて、同時にものすごく恥ずかしくなった。


どうしても綺麗な人になりたかったの、色気のある、という言い訳は無用で、もちろんきっちり「綺麗」には仕上げてもらってその日はお店を後にしたけれど、そのことが、今もずっと胸に残り続けている。


あれから何度か引っ越したりして、もうたぶん会うこともないとは思うけれど、どこかで元気でいてくれたらなと、思い出しながら思った。



夢佳