思いのままの色

© 2017 思いのままの色 夢佳 「音と香りは夕暮れの大気に漂う」

肌断食は向いてない

いつか記事にしようと思っていたが、肌断食に、或は肌断食で失敗した話。


関心のある方は一度は耳にされたこともあるのではないでしょうか。
「肌断食」は過剰と思われる手入れをやめて、肌本来の力を取り戻し美しさを手に入れる、魔法のような手法だと…私は認識していたのですが、きちんと関連書籍を読んだわけではないし、あまりいい加減なことは言えない。


これまでいくつもの化粧品を愛用してきたが、いつからか洗顔料もメイク落としも化粧水も乳液もマスクも、何もかも合わなくなって、ほとほと困り果てていたところに出合った概念だったため、これは助かったとばかりに、ワセリンのみを顔に塗る生活をしばらく続けていた。


正確には、謎の肌荒れによりワセリン以外を受け付けなくなっていた、ということも大いに手伝っていたのだったが…


顔の肌荒れと乾燥がひどくなる一方で、病院にて塗り薬をもらい、何とか日々をやり過ごしていた。



昨夏よりしばらくよくなったり悪くなったりを繰り返しながら、最近再び顔の肌荒れがひどくなったのを境に改めて病院にお世話になって…薬のおかげか肌の調子のよい時がまあまあ続くようになった。


今は医薬部外品の化粧水にも助けてもらっているが、顔に何かを塗って、しみない、痒くもならない、赤くもならないことがこんなにも嬉しいことなのかと、洗顔後に手入れをしながらしみじみ思った。


肌断食には何のうらみもないが、自分の肌質に合うか合わないかはもちろんのこと、私のように肌の手入れをすることそのものを「実は楽しみにしてきた」人には、向かないのではないかと思う。


何でもそうだけど、自分に合うか合わないかは自分で見極めていくしかないからね、こんな記事でもどなたかのお役に立てれば幸いです。



夢佳

人に認められることを求めてしまうのは何故なのだろうね

常々考えてしまうことなのだけど。
標題のとおり、「人に認められることを求めてしまうのは何故」なのだろうね。


特に厄介なのが、この人にだけは認められたいと、自分の中での達成の度合いを自分以外の人間に求めてしまうこと。


出来るだけそういうところから離れよう離れようとしてきたつもりが、ふと気付くとまたいつの間にか認められたいという気持ちが生えているのに出くわす。


そういう雑念は目標の達成には正直なところ邪魔でしかないし、いい加減にしてくれないかなとも思うのに、弱気になっているところ、いわゆる隙につけ入られているみたいで悔しい。


それでも知っているはずなのに、私は私が力を尽くしていることを。
出来るだけのことをしてきたはずということを。
これは不毛で情けないなあ。


見返してやりたいという気持ちが強すぎるのだろうか。
これではいつまでも他人に振り回されるばかりではないか、どれだけ距離を置いたとしても。



物足りないのかな、もっと追い込まないと納得しないのかな、私は、私に。



夢佳

スリッパを新調

買い物というのはなかなか奥が深い行為のような気がする…


いい加減いい季節なので、夏用のスリッパを新調した。
鼻緒のあるものの方が足には良さそうだし、実際楽に感じるのだろうけれど、うーん、かわいさを重視してしまった!笑


気に入っているからよしとしよう。



すっかり断捨離も済んでしまうと、使い古した何かを新調する時くらいしか、物を捨てるということが無くなってしまった。


かの有名な「こんまりさん」いわく「祭り」だということだったが、たしかにそうかも知れない、気になる方はこんまりさんで検索なさってみて下さい、著書がいくつか出てくるはずです。
(ネットとはいえ切ったり貼ったりを面倒くさがってしまう)


(きちんとしている風を装って、とんだものぐさ女だということがバレてしまう)


(ごめんあそばせ!笑)



ずいぶん前に、それこそ断捨離真っ盛りの時に件の本を拝読したのだが、えっと、タイトルが出てこない、カレンキングストンのガラクタ捨てれば…の方しか出てこない、ごめんなさい。


とにかくあれこれ読み漁った中の一つがこんまりさんの本だったのだが、部屋が片付いて、そこから先が大事だと書いてあって、ずいぶん泣いたことを覚えている。


あの頃の「そこ」から先にいる私のことは想像もつかなかったけれど、パンドラの箱を開けて、色々あって最後には希望が残ったように、余分になったものを手離して、その先に、忘れていた夢があったというのは、何とも感慨深いものがあった。



部屋にいるのが快適で、わざわざカフェに出向く理由が無くなったのは考え物かも知れないが笑、まあいいか、それは誰かと会う時の楽しみにしておいて、お家で好きなものを飲もう。


この間、それを理由に紅茶を買い込んでしまったし、せっかくだから誰か遊びに来ないかな。



そうそう、よく勘違いされるのだけれど、あんなに片付いてると何でも捨てるのかと思ったと言われることがある。
残念ながら何でもは捨てません笑。
とにかくさっさと片付けるだけで、部屋が綺麗に見えるのだから、面倒くさがりの極みなだけだと思う。


散らかってるとイライラするし、気が散るのよね。
おまけに猫にオモチャにされる、ちょっとペンとかを置いておこうものなら。


ありがたいことに、新しいスリッパは猫の気を引かないみたいなので、安心して使えるからよかった。

そうそう、スリッパの話だけするつもりだったのに、ずいぶん脱線してた笑。


色んな物事が作用して、一日と人生が出来上がっていると思うと、ささやかなスリッパ一つでもお気に入りがあれば、あれ、けっこう幸せなんじゃないのもしかして、と思えるのだった。


夢佳f:id:umeomoinomama:20170615135105p:plain

始まりは感動したこと

何にでも共通することを書くのはつまらないかも知れないけれど、最近のいい巡り合わせだから備忘録に。


友人と出掛けた先で、たまたま入ったとある建物についての説明を施設の方に聞いたのだったが、昔の日本の建築物はかなりの技術を駆使して造られているようで、床一つとってみてもそれは贅沢なものだった。


その建物を造るにあたって、当初の予定にはなかった部屋が増築されており、それは施主が旅に出た先で深く感銘を受け、何としてもそれらをこの邸に再現したいという情熱が形になったもののようで…


私としては、建物そのものを見るのももちろん楽しかったし面白かったのだけれど、その話が、何かの始まりは感動するところからなんだなということに、何だか胸がすくような気さえした。


好きなこと、やりたいこと、どんどんしていいんだって思った。


その昔、船でする旅は命懸けだっただろうに。



おいそれと海外旅行に出られる身分ではないけれど、それでも身近なところから、本を読むのでも音楽を聴くのでも、絵を観るのでもいい、好きなだけ、続けていこうと思う。


観に行きたい展覧会、会期に間に合ううちに行ってこようかな。
この頃は気になるものがいくつもあるから悩ましいな。



夢佳

人生は短い

たまに自分の半生を振り返ると、どうしてこうなったと言いたくなるような時もあるけれど…


何をどんな風にどこまで書こうか、大変悩ましいな笑。


せいぜい特定されないように書くしかないが、となると、あれもこれもぼかすしかないなあ笑。


まあよい。


いろいろあって、今は、昔一度手を伸ばしかけて諦めたことをしてる。
それが、再開したピアノ。
かくかく然々で秘かな野望だった音大進学は叶わなかったが、働いて遊んで過ぎた二十代に置き去りにしたままだったピアノを、
「やっぱりやりたかった」
と、再び始めて、半年で三曲、それらもやりたかった曲だった、それがそこそこまともに弾けるようになって、さあ次は…と楽譜を手にした時に、
「本当にやりたかった」曲を、もう見過ごすことはできないと、狂ったように練習している。


それを、いつか昔、最近の私の練習風景を知る家族以外、たった一人にだけ、打ち明けたことがあるのだった。


素人が今から取り組んで死ぬまでに間に合うかどうか、分からないけれど、何とか物にしないと、死んでも死にきれない。


一度聴いて、涙が止まらなかった、何故か。

何故?

何故って、生きていることを許されているような音だったもの、生きてここにあることを丸ごと受け入れているような、喜びも悲しみも全て、そのまま。


リスト「ラ・カンパネラ」


フジコヘミングの弾くそれを聴いて、何度立ち尽くし、何度言葉を失ったか。



どうしてここの家に生まれてきて、どうしてここまで生きてこられて、どうしてそれでも「私」として生きていかなければならないのかは知る由もないし死んでも分からないだろうけれど、「これ」を生きている間に私が弾かなければ、私がこの世にいる意味を成さないのではないかと、誰に言われるでもなく腑に落ちたのだった。



匿名のブログだから書くけれど、これに関しては友人にも話さない、今後誰にも、これは私が私の為にやることだから、誰かと分かち合う類いのものじゃない。
笑えるくらい難しいけれど、少しずつでもやる。

私のこの世の宿題。




夢佳

シリーズ変な夢「初恋の人と再会」

なんというか、ベタだ…笑。
でもロマンチックではないところがまたね、夜見る夢の面白いところかも知れません。
そしてほとんど内容を忘れている、どうしても途切れ途切れにしか思い出せない。



***


舞台は昔の職場だった。
何故か復帰する運びになっていて、その前に見学に来ていたのだった。
絶対にあり得ないな笑、と思って歩いてた。


建物の配置もデタラメ、登場人物の時系列もデタラメ、最近思い出した訳でもないのに、何故出てきたのか全く分からない物語だ。

昼間の見学が、気がつくと夜になり、手荷物を預けていた「12番」のロッカーが、どんなに目を凝らして探しても見つからない。
途方に暮れているところ、私の初恋の人が登場した。
結局その「荷物」が見つかったかどうかは忘れた、私は何やら急いでいたのだった。


そのロッカーをうろつく手前で、職場の中庭を過ぎて、何故か外にできたお手洗いに入ったのだったか?
そこは個室なのに六畳くらいあって、斜向かいにもドアがあって、あそこにも鍵をかけに行かなければならないのか?
そして床がぐにゃぐにゃ、何故か学校に置いてあるような木と鉄でできた椅子を使わなければ用を為さない作りになっていた。しかも水洗ではない。
夢とはいえ最悪の類い。


話が前後したが、その後に再び建物を見学して、急に日が暮れて、件のロッカー前をうろつくと初恋の人に再会、といった話。


***


あの人は今、ってこういう時に使うのかな笑。
きっと元気でしょうけれど、昔縁のあった人々が、私の知らないところで幸せでいてくれたらいいです。


まかり間違っても同窓会に出ようとは思わない笑。
棺桶に片足を突っ込むくらいの長さまでもし生きていられたら、その時は「前向きに検討」するかも知れないけれど、報せが来なければそれまでだし、誘いが無ければ別にそれでいいと思ってる。

懐かしく思い出されることはあっても、それは「今」じゃないから、私はあまりそこに関心が持てない。
人それぞれだと思うけどね。


子ども時代を知る数少ない友人がいてくれて、大人になってから親しくなった人もいるし、私はそれで十分幸せなので、これからも程よい距離感でお付き合いできたらいいなと思う。



夢佳

シリーズ変な夢「売られた喧嘩を買う」

何だかタイトルがひどく物騒だ笑。
まあ夢なのでご容赦!


***


不良中学生の男子が、打ち上げ花火をして遊んでいる。
どうやら私も中学生、かつての同級生のMちゃんがその花火で火傷を負い、彼女が連れていたトイプードルが慌てて山道へと逃げ出したのを、私が追いかけて何とか捕まえた。

Mちゃんは気が動転しているのか、近くで水が湧いているのに、火傷した手を冷やそうともしない。しょうがないので私が彼女をそこまで連れて行った。


その頃は夕方に近い時間で、担任(とされる)に用事があったことを思い出し、走って行くが、車に乗った男性教諭は、私の姿に気付かずに学校を後にしてしまう。
車を追って曲がりくねった坂道をかけ降りて行ったが間に合わず、後で先生の携帯電話にでも連絡をしようときびすを返すと、来た道が急な山道の階段に変わっていた。


仕方がないのでそこを登っていくと、頂上にこれまた当時の同級生Aちゃんと、あとは知らない取り巻き四人がいた。
Aちゃんは何やら黄色いプラスチックの箱に、石か何か重いものを詰めたものを、あろうことか私の頭上を目掛けて放り投げてきた。

咄嗟によけてダメージは無かったが、腹が立った私はAちゃんに駆け寄り、
「危ないやろが!」
と、胸ぐらを掴んだ。
夢だし、ここは遠慮をしたらいけないと、ね。

案の定取り巻きは何も言ってこない。
夢の中のAちゃんがどういうつもりで喧嘩を売ってきたのかは謎だか、もし現実ならば喧嘩じゃなくて傷害、あるいは殺人未遂?


(現実の皆さんに向けて言い訳をすると、Aちゃんは決してそのような暴挙に及ぶ子ではなく、あくまでも「夢」なのでやり返しただけで、私もまさか可愛い女の子の胸ぐらを掴むなんて!これはもう最初で最後だと思う笑)


***


MちゃんもAちゃんも元気かしらね…
大人になってからは全く接点がないため、夢に出てきてかなりびっくりした。


今回は夢で思いきったことができたので、私としてはわりと目覚めがスッキリした方かも知れない。


そして一応誤解が怖いので、くれぐれも、夢の話ですのでね、皆さま。
お間違えのなきよう。

人の頭目掛けて凶器を投げることや、マドモアゼルの胸ぐらを掴むようなことは決してしてはなりません。



夢佳