思いのままの色

copyright © 2017 思いのままの色 花蝶夢佳

断捨離失敗

ほとんど勢いで愛車を手離してしまったのを、猛烈に後悔している。

実質的に不便さを感じ始めるのは、次に冬が来る頃だろうと、今になって思えてきた。


無理やりに慰めるとしたら、実際に手元から離れて行ってしまったのだから、それまでの縁だった、ということなんだと思う。

でも、自分ではあの車が居る(ある)のが当たり前過ぎて、すでに安心毛布と化していたことに気付けなかった。


随分と昔に親に買ってもらったものだったし、車両の名義も親のままだったので、手続きに同伴してもらったのだけれど、何だかもうずっと悲しさが止まらなくて、ものすごく酷いことをしてしまったのではないかと、今さらながら悔やんでも悔やみ切れない。


まだきれいだったし、距離は乗っていなくても、思い出はたくさん、思い入れもたくさん、あったのに。

ちょっと不便になるくらいだろうと、目先の節約を優先させた私が馬鹿だった。

親に現住所まで送り届けてもらってから、今日一日で我慢した分の涙が止まらない。
年に払うたった数万円の為に、あんなに悲しそうな寂しそうな顔をさせて本当によかったのだろうか。


相棒を手離した罪悪感と相まって、あまりの申し訳なさにどうしても泣けてくる。

まだ他にも済ませなければならない手続きがあるが、いい大人が人前で泣いたりなんかしないように気を付けなければならない。


愛車とともに長い長い歳月を過ごしてきて、いつも守ってもらっていたのに、それに自分で買った物でもないのに、ほとんど勢いで話を進めてしまって本当に馬鹿だったと思う。


想像以上の悲しさや切なさがこんなにも胸に押し寄せるなんて。

親に直接謝ることも出来なかった。
絶対に泣いてしまうと思ったし、誰か悪者を作ってしまう。


廃車のお願いだから、もう二度と、奇跡的にどこかで見掛けることもないだろう。
そんな大事なことだったのに、あれだけ悩んだとはいえ、どうして決行してしまったのか。

少しでも悩むのなら、もうちょっと何とかやりくりして維持する道を選べばよかったのではないか。


何だかあの両親の悲しそうな顔が焼き付いていて、その考えたくもない辛さに、考えが堂々巡りをしている。


後悔してる、なんて伝えてしまったら、どうして止めなかったんだろうって、また辛い思いをさせるかも知れない。


でも、悲しい思いをさせて悪かった、とだけは伝えようと思う。
次に会えたら。

ごめんね。今日までありがとう。