思いのままの色

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打ち明け話の類い

ご無沙汰してしまった!
たった一月でもいろいろあるね。


諸事情につきオブラートに包んで書きます。
打ち明け話の類い。


単なる愚痴を吐くのが嫌いで、ずっとずっと何もかもを胸の内に仕舞っておく質(たち)だったが、うっかり何かの拍子に話してしまって、出るわ出るわ。

大変ご迷惑をお掛けしましたごめんなさい。


なんと言うか、自分で解決策を見つけるか、解決済みか、もしくは遠い昔の話なら愚痴でも可(ただし何かのお礼をする)と決めてきたので、私の気の短さとか、心の狭さとか笑、神経質さとかを身近に知る人ってごくごく限られておりました。


よって、大変驚かれたのですね。
失礼いたしました…ありがとう。



愚痴というのは、ほとんどが誰か相手のあることだと思うのですが、それを話すのは自分が愚痴をこぼしているのか相手の悪口になるのか、その辺りの区別が私には曖昧に感じられて、じゃあ黙っていよう、というのが、やはりベースにはあります。


加えて、そんな話は大して楽しくもないし、思い出すことで気分も悪くなるしで避けまくって、もとい、誰にも話さずにいることを課していました。


でも腹に据えかねるわ!
ということと、黙ってて見えなかった人間模様で被害(私としては)が拡大したのもあり、ここらで正直に
「私は出来ればあの人には二度と会いたくないです」
って話をしてしまった。

それはびっくりやわ笑。



それで、私の選んだ手段は、
「出来るだけ接触しない」こと。
だって感性が違うのだからしょうがない。
表現の仕方も違うのだからしょうがない。
親しくしてきた人を嫌いにならずに済むように、ほどほどの距離を保つことにする。


自分の身を守るのが自分なら、自分の心を守るのも自分。
喧嘩をするのは趣味ではないので、喧嘩をしなくて済むところに居ればいい。


それで、私に関係ないところで幸せでいてくれれば、私はそれが嬉しい。
(何かある度に呼びつけられるのは困る)



この一連の出来事でつくづく思ったのだけれど、自分を幸せにするのはもはや義務やね。
自分のことは自分で幸せ(と感じられる状態)にする。

Aの不満→愚痴る→B巻き込まれる→Bの不満→愚痴る→C巻き込まれる…
のループは、地獄の拡大って感じ笑。


たまにどうしようもなくて助けてもらうのは、人間だもの、あると思うけれど。


Aさんの不満をAさんが解決出来れば、地獄(便宜上使ってます)は拡大しえない。

ということは、自分が幸せでいたら、不幸や不満や真っ黒いものを、そんじょそこらに撒き散らさなくて済む、ということです。


あああああ精進せねば。
色々腹も立つけれど、自分を大切にして、違うところで炎を燃やしましょう。

ゴリゴリのスーパー合理主義人間としては、自分を幸せにすることはやはり義務でしかないと思えるのでした。



っていうか、ブログをサボってたから鬱憤たまったんじゃないの、とも思ったのは内緒!
ごきげんよう