思いのままの色

copyright © 2017 思いのままの色 花蝶夢佳

同時に多発する自分

読まれるかどうかも不確かな不特定多数に向けて書くのはどうかと思うが、私にも地面に掘った穴が必要なのだと思う。

気持ちの弱った人は、できたらこの先を読まずにいてほしい。



YouTubeなんかで少し気になっている歌を聴いて、縁あってその曲の全貌を知ることになったのだけれど。

始まりの和音を聴いただけで、あ、これは一人で聴かないとマズイなと思って、瞬間的に他のことに気を向けた。
何人かでの旅の途中の車中で、急に泣き出す訳にもいくまい。



いい曲だよね、って、聴かせてくれた友人にとっさに話し掛けた。
黙っているとしっかり聴いてしまいそうだったから。



お家に帰って、しばらく経って、なかなか聴く勇気が出ない。


一度、もらったCDアルバムをサラッと一周聴いてはみたが、その曲にどうしても気が行く。


あーあ。見つけちゃった。


知ってたつもりだったけれど、たまたま見つけた、たった少しの動画で心を動かされていたのだもの。
全て聴くのが、ちょっと怖かった。


でも、聴くしかない。




突然話が変わるが、私はこれまでの年齢の私自身が同時に存在すると考えていて。
今この時に、例えば小さな時の私が、共に存在すると。

あの時もその時も立ち尽くすしかなかった、小さかった時の自分。
何かを感じているのに言葉にもできない、上手く、適切に、自分の心に沿った言葉で言い表すことのできないもどかしさ。


大人になるというのはいいことだ。
そのような不自由さからは多分に解放される。
たくさんの言葉を持つ、知っていくというのは素晴らしいことだ。


それでも、どうしても掬いきれない、認識できる範囲をすり抜けて心の底に落ちて行ったその時々の感情の数々を、たった一つの歌が、始まりの和音が、どうしようもなく心に響いて、否応なしに突きつける。


日常で一々受け止めていたらやり過ごせないこと。

あの時に解決したと思っていたはずの、実は遣りきれなかった気持ち。

「今」直面するのはまずいと、咄嗟に追いやった感情。



どこかへと仕舞いこんだ思いの丈が、言葉にはならず、代わりに視界が滲むその時に、思い知るのだ。

そっか、しんどかったね、自分で気付くことも出来ずに、と。



たった一人で抱えて、泣くことも堪えて、何からそんなに守ろうとしていたの、と。


そうして声を上げて泣く時に、上手く理由が見出だせないながらも、止まらない嗚咽にひどく納得している自分に気付く。
そして、同時に存在する幼い私を思って、今よりかは若かった時の私を思って、今は泣いてるだけだから大丈夫だよって、一瞬思う。もう大人だからね、泣くのはここでだけ、何とかしてきたし、これからも何とかしていけるから大丈夫って。


そして、これが誰かの前ですることでなくてよかったと思う。


慰められるなんてまっぴらだ。

一々余計なことを言わない人の方が、私は好き。



再び話は逸れるが、小学生の頃にしていたソフトボールの監督に言われた、泣いている人に声を掛けるのだけが優しさではないぞって話と、その情景を思い出す。
悔しくて泣いている当時の友人に、居たたまれなくてつい側に行ってしまったが話してはくれず、その彼女を思う優しい気持ちは良いし分かるけれど、と。
当時はその言葉の意味を分かっても、すぐに腑には落ちず、彼女にひどく悪いことをしてしまったと、思いやりの足りなかった自分を恥ずかしく思ったものだった。



生きてれば、色々あるけれど、基本的にはここまで生きてこられたことを、祝福していたい。
誰もが等しく、その人の時間を生きている。
それを思うと、命のある私は幸せだし、幸せでいられる。


どれだけ泣いても、生きてれば大丈夫。
これまでの私を救って、ここからの私も何とかする。



以前、歌を何で聴くかと訊かれたことがあった。音に感動するのか、歌詞に感動するのか、何があなたの心を揺さぶるの、と。

私は音が先だ。歌詞の意味を認識するよりも早く、音が、胸に広がる。
もちろん歌詞にも胸を打たれるが、何かを聴いた時の、あ、見つけちゃった、というのは、それぞれの「この音」からばかり始まる。

サイレンが用を成すのも、危機の迫ることを端的に表しているからだろう。

だからきっと誰もが、音から、自分の内に取り込むのではないだろうか。



自身で気付き得なかった、今の心の形に寄り添う音楽。
様々な思いがふっと一時に押し寄せて、突風が雨を連れて、景色の何もかもを洗い去っていく。


それに成す術もなく、傘も差さずにやっぱり立ち尽くして、でも同時に存在する私が-----これまで生きてきたのだもの-----支えてくれている気がする。


だから、うっかりたくさん泣いても大丈夫。
そのうちに雲の切れ間から光が差して、また日常に戻ればいい。